帰舟灯語
岩洲鎮の渡し場には緩やかな支流が一本あるだけだが、そこには四百年前の銅鈴が刻んだ記憶が残っている。七夕の夕暮れになると、住民たちは桟橋に紙灯籠を並べ、潮の中で見守る祖霊に安否を尋ねる。揺らめく灯火の向きは、風と水が結ぶ約束だと言い伝えられている。十四歳の漁女アユンが初めて願いを記したとき、墨筆で灯籠に「さすらう船たちが港へ帰る星明かりを見失いませんように」と書いた。灯りの影がたゆたい、ガジュマルの葉がさらさらと触れ合い、川面には柔らかな金の光が広がった。
その年の秋の嵐はひときわ長く、港口の灯台は落雷に打たれ、父を含む船団の消息は絶えた。大人たちはアユンに桟橋へ行くのをやめるよう諭したが、彼女は竹灯籠を背負い、毎晩引き潮のあとの石段で見守り続けた。潮が引くと浜には折れたマストや岩礁の破片が散らばり、子どもたちは近づけなかったが、彼女だけは灯芯に火をともし、呼吸とともに明滅する微かな光を守った。
七度目の満月の夕暮れ、暮色は墨汁のように沈み、遠くの波頭に揺れる橙の光が突然ともった。それは父が出航前に船尾へ括り付けた小さな風灯籠で、波に押されて暗礁のそばまで運ばれてきた。アユンは胸までの海に飛び込み、その灯を握りしめて沖へ泳ぎ出た。温かな掌に触れた瞬間、彼女は泣き笑いで叫び、疲れ切った船員たちは鈴の音を頼りに潮に乗って岸へ戻った。
町の老人たちは、その光が連れ帰ったのは人だけでなく、海の慈悲そのものだと語った。それ以来、岩洲の人々は灯火が航路を知っていると信じ続けている。夕暮れの桟橋では、子どもたちがそれぞれの願いをアユンに託し、彼女は灯を一つずつ潮の中央へ押し出す。潮の音と星明かりが映り合い、夜の手触りはたちまち柔らかくなる。
歳月が流れ、新しい港橋が両岸をつなぎ、海風には外洋船の汽笛が混じる。アユンの手のひらは陽射しに焼けてざらついたが、彼女は火打石を握りしめ、根気よく一灯ずつ灯をともす。若者たちは尋ねる。「もしあなたがいなくなったら、灯は道を示し続けるの?」彼女は微笑み、彼らの掌を開かせる。「灯芯はあなたたちの手に、物語はあなたたちの胸にあるの。たとえ一夜でも見守れば、光は次の旅路へと繋がっていくはず。」潮は静かに礁を撫で、灯の列は波紋に沿って延び、金の帯となって岩洲鎮の祝福を遠くの空へと運んでいく。